事の真相はいかに・・・

最近よく行く三入神社・・・




その、本殿横に



≪崇道神社跡≫



というのがあります。

これです。。
e0143667_14271554.jpg



神社跡なんで、
石が積み上げてあるだけ・・

一番上にある、
緑の石が、いつも気になるんですが・・・




説明書きのたて看板にはこう書いてあります。
e0143667_1426111.jpg




写真で文字が読めない人のために。。


~崇道神社跡
 第五十代桓武天皇は即位にあたり、弟君の早良親王を皇太子に任ぜられました。
 その後、宮中において暗殺事件が起こり、 
 連座した咎により親王は、絶食をもって身の潔白を上申されましたがその疑いは解けず、
 淡路島に送られることになりましたが、親王は淡路島に渡らず西下され、
 当時天皇領であった三入保を安住の地として生涯を終えられました。
 早良親王は、のち延略十九年(800年)桓武天皇より崇道天皇と追号され、
 霊を慰められた旨、歴史書に記述されております。
 可部町史によると、文暦二年(1235年)この地域の守護職、藤原親実が地頭職、熊谷時直と
 資直に寄り合い沙汰の旨、記述されております。
 当石積みが崇道天皇御陵跡と伝えられております。~


と書き記されております。







が・・・
 





この、崇道神社というキーワードで検索しますと、

早良親王の宮中暗殺事件についての記述が出てきますし、

この、崇道神社は、早良親王の御霊を慰めるための神社だと書かれてあるものもありました。





ようは、
この建て看板に書いてることとは、ちょっと違います。



私も詳しくないのですが、
他のサイトによりますと、


早良親王は、宮中暗殺事件の首謀者とされたが、
本人は違うと・・

で、その罪をきせられ、淡路島に島流しにされる途中、
身の潔白を訴えるため絶食。

淡路島に行き着くまでに絶命した。。


と言うような内容で、




淡路島に渡らず、
西下され、可部地区に来た・・

とはどこにも書いてません。



それと、
崇道神社は、


その、濡れ衣を着せられ死んだ早良親王の怨念が、
桓武天皇の身の回りに奇怪な事件として頻発し始め、
その怨念を沈めるために、
亡くなった人を天皇に即位させるのは異例中の異例であったが、
故人を崇道天皇とし、

その御霊を慰めるために、
崇道神社をたてた。。



とありました。







んー・・・


どっちが本当なんでしょうね。。。







歴史に全くうとい私ですので、
詳しいことはまたくわかりませんが、




もし、濡れ衣着せられて、
絶食を持って身の潔白を訴え、
そのまま命果てた・・となると、

この早良親王さんは、
さぞかし無念だっただろうな・・と思うのです。


しかし、そうではなく、
淡路に渡らず西下され、
この地域に住まわれ安住の地とされた・・のであれば、

まだ、すくわれるかなと。。







さ、


どっちが本当なのか。。。




調べてもよくわかりませんが、


とりあえず、
私はおまいりするたびに、

早良親王にエネルギーをたーっぷり送ってあげてます。





私のできることって、
それくらいですからね。。






こんな小さな石積みですが、
結構強力なエネルギーを感じます。




 
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by kontanopapa | 2009-06-25 15:27 | 思うたこと


全ては心のあるがまま。。。


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